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3,[本(社会)]手足をなくしたヤンキー高校生 ―ある交通事故身体障害者の成長の記録[感想,考察]

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手足をなくしたヤンキー高校生 ―ある交通事故身体障害者の成長の記録
手足をなくしたヤンキー高校生 ―ある交通事故身体障害者の成長の記録高山 裕道

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<<目次>>
1,参考箇所(本文より引用)
2,まとめ,感想,考察




<1,参考箇所(本文より引用)>
p13,14:事故は、よくある右直事故ってやつだった。私のバイクが交差点を直進しようとしているところを、対向車の右折車(車)が気づかずに右折し、直進してきた私と衝突したということ。ケツに乗っていた前島は、近くの病院に運ばれ、無事だということ。私のために何十人もの仲間が病院に集まり、心配していてくれたということ。さらに、私と血液型が一致している数人は、私のために献血してくれたということ
p18,19:右腕は、開放性骨折(折れた骨が皮膚を破り外から見える状態)で、皮1枚でつながっている状態だったこと。もう処置のほどこしようがなく、切断せざるを得なかったそうだ。右足は、大腿部を開放性の骨折。当初右足は、切断せずに残す方向だったらしいが、思ったよりも骨に菌が多く入ってしまっていて、そのまま心臓にまで菌が達してしまう恐れがあり、右手同様、切断という結果になってしまったらしい。切断することを母に納得してもらうのが、大変だったとも言っていた。左足は、右足同様、大腿部を開放性の骨折。左足には、右足ほどの菌が見られず、開放性骨折はしているが、切断までには至らないらしいが、神経を傷つけてしまい、それが原因で、足首に力を入れても入らない状態になっている。そして、内臓は破裂寸前だったそうだ……。当初、腹部がパンパンに腫れ上がっていて、処置(開放処置)後も腫れが引かず、腹を閉じることができなかったため、皮膚の代わりにラップのような物で腹部を覆っているらしい。気味の悪いことだが、外から私の身体の中が見える状態になっているということ……
p38:痛みの原因……骨盤の矯正。激しい痛みは骨盤からきていた。左腕を動かしても、それほど痛みはないが、身体自体をピクリとでも動かすと、鉄パイプが腰をひっぱたく……。身体をどんな格好にしても痛みが引かず、増す一方だった。そして繰り返される嘔吐……。時計は、午後6時をさしていた。主治医の大原先生からは、「時間が経てば痛みもなくなっていくはず」ということだったが、その時間が経つのがものすごく遅く感じられた。痛み止めの注射は、1度打ったら6時間前後、間をおかなければならない。次に打てるのは、夜中の12時ごろ……。この状態であと6時間。「あり得ない……」
p40,41:父に痛みを訴えたところで、どうにもならない。なんてことは、当時の私には考えている余地すらなかった。そして、電話をかけてしまった。朝の5時だというのに、呼び出しベルは1回しかならなかった。「もしもし」父のかすれた低い声を聞いた瞬間、涙があふれてきた。「父ちゃん……」「裕道か、どうした」「痛いよ……もう、耐えられないよ……左足もいらないから……助けて」父はしばらく黙っていたが、一言こう言った。「ごめんな」しばらくの沈黙。その間、私は考えた。今の父の気持ちと心境を。きっと父は、「何もしてやれなくて、ごめんな」と言いたかったに違いない。父は何も悪くない。悪いのは、私だ。父も寝ずに私のことを心配していたのではないか……面会に来たとき、私がやせ我慢していたのを知っていた……だから1回の呼び出しベルで電話をとれた……。父も、苦しんでいた……!?そして、私は我にかえった。「父ちゃん、ごめん。俺もうちょっと頑張るよ」電話を切った後、私はすぐに後悔した。一番やってはいけないことを、やってしまった……。そんな気持ちとは裏腹にやってくる激痛。もう、おかしくなりそうだった……
p83:いざ試してみると、予想通りうまくいった。これには私もうれしくて、手を挙げて喜び、そして思った。「やればできるじゃんか」と。前の病院にいるころは、毎回看護師に移動をさせてもらい、夜寝るのが遅い私のために、深夜勤務の看護師たちに迷惑をかけていた。それが、ここに来てまだ数時間しか経っていないのに、少し無理矢理ではあるが、移動が安全に一人でできた。何事も、「やろう」とする意志がなく、努力もしていなかった自分。反省し、心の中で前の病院の看護師たちに謝った
p104,105:ふと、私はそのグループの中の一人の女の子に、目が吸い寄せられた。その子は、車椅子に乗っていた。その子は、両足がなかった。その子は、目をつぶったまま話をし、白い杖を握りしめていた。そしてその子は、大きな声で、笑っていた?!(中略)私は心のどこかで、「自分はここに入院している患者とは違うんだ」「自分が一番苦労してきたんだ」「自分は特別なんだ」と、自分を悲劇のヒーローと思い込み、それにしては自分が障害者であることを強く否定し、認めようとしていなかった。(中略)私は自分が障害者であることを棚に上げ、他の障害者を差別し、同情までしていた。自分にやられたら一番嫌がることを、私は自ら行っていた。私はこの一件で考え方を一から見直し、一人で大反省会を行った。もう二度と、自分を特別だなんて思わない。むしろその逆で、自分のほうが弱者なんだと思うことにした
p109:みんな何事もないように自然に車椅子のままエスカレータに乗っていた。私は、「大丈夫なのか」と思ったが、ベルトをしっかり握っていれば、これがまた安全なのだ。(中略)と、このように、私は徐々に「車椅子人間」としてのイロハを学んでいった
p114,115:私はこの病院に「歩くため」に来たのではなく、これから自分が「生きていくため」に必要な「力」をここにいる仲間と共に身に付けるために来たことに気づいたのだった。それさえあれば、歩いていたって、車椅子に乗っていたって、同じことなんだ。(中略)最初は私のように自分を障害者と認めるのを嫌い、自ら障害者との壁を作っていた。それは、みんな健常者だったころの思い出があるからだ。昔は普通にできたことが今はできなくなり、やりたかったことや、なりたかった人になれなくなった悔しさを持っているからだ。みんな、そんな自分と戦いながら毎日を過ごしている。決して、これが本当の答えかどうかは分からないが、私を含めその場にいた全員がこの答えに納得していた。過去を思い出しても、つじつまが合う。以前、前の病院でリハビリ病院の院長先生と、「歩くため」にリハビリ病院へ行くと話したが、賛成はしていない様子だった。(中略)結局、「歩けるようになる」という目標には、「目的」という大事なものが欠けていた……
p122,123:私がここで過ごしてきた間、さまざまな症状の障害者を目にし、私は思っていた。自分より状態が悪い人から、そうでもない人たちまで。その中でも自立レベルで歩行ができる人は、限られている。そして恐らく、その自立レベルのぎりぎりの線に、私がいるということを。だからこその、撮影なんだということを。私の身体には、右の手足がない。右腕がないということで、まず身体のバランスが悪い。これは、歩行の安定性に影響が出る。それから右足は、一番深いところから切断を余儀なくされている。前にも言ったが、大腿が半分でも残っているのとそうでないのとでは、バランスや体力に大きな違いがある。そして残っている左足にも神経障害があり、足首以下の感覚が鈍くなっている
p153:まず、その家族の子供が、私をジーッと見つめ、それを親に報告する。「あの人、手がないよ。あ!足もない」まぁ、子供だし、ここまでは「しょうがないかな」という程度で済む。しかし、その親はこう言った。「かわいそうにねぇ……」それが聞こえた瞬間、なんだか悲しくなった……。私がそんな気持ちを抑えて、そそくさとその場を去ろうとしたとき、気持ちを抑えられていない奴が私の隣にいた。ユウだ!(中略)今、ユウが言ってくれた言葉、「だいたいあの人たちはヒロの何を知ってるわけ!?」その通り、あの人たちは私を何も知らない。知らないくせに、私を見た目だけで「かわいそう」と勝手に決めつけた。知らないことに対しては、誰しも判断に迷い、理解を間違えることがある。昔の私もそうだった……。それもこれもみんな、経験の積み重ねにより成長していくのだ……。そう考えると、なんだか気持ちがものすごく楽になった
p190:「俺は、シンヤ君みたいに大腿から切断している人を今までたくさん見てきたけど、その全員がきれいに歩いていた。うらやましかったよ、正直。だから、義足を付けてる姿なんて、俺に言わせれば、カッコよかったんだ。義足付けて、サッカーやってんだぜ!あり得ないっしょ」
p196:そして、私自身が「やさしいオーラ」を発せる努力をした。私が思う「やさしいオーラ」とは、どんな人からでも近寄られやすく、話しやすい雰囲気を出すこと。今の世の中、残念ながら私のような容姿をしている人間への目は、同情が多い。それに加えて「孤独なオーラ」を発していると、その目はさらに加速する。だからこそ、それをさせないための「やさしいオーラ」と、何事も前向きな姿勢というものが、私には必要なのだと悟った。というとなんだか、宿命的な言い回しだが、私はただ、みんなと同じように見られたかった



<2,まとめ,感想,考察>
交通事故=一瞬で終わる出来事、感じない出来事、だろう。目が覚めるとじわじわと分かるに違いない。
手足がない生活は恐怖と不安でいっぱいだろう。だが、知らない世界でも、少しずつその世界の住人になり、ベテランになり、肯定的に見れ、夢ができる。人生は止まるものではなく変わるものだと感じさせる。
障害者と健常者の環境の違い、見方の違い、考えの違いが分かる本です

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| 3,手足をなくしたヤンキー高校生 ―ある交通事故身体障害者の成長の記録 |

[2011/03/03 22:08] | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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| | 2017/08/23 20:36 | |















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